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2006年10月29日 (日)

12月5日 「吉記」「義仲院より平家領を給わる」

12月4日 天晴れ、
定能卿が法皇御所より退出し、来た。語りて云う、昨日義仲は法皇に申し上げて曰く、頼朝の代官が日来伊勢の国に在り。家来等を派遣し追い落とした。其の中最もすぐれた者一人、生きながら搦め取ったようだ。又語り云う、法皇御所中の警護は、近日日来に於いて倍増し、女車に至るまで検知を加えるようだ。今日は終日写経した。

12月5日 天晴れ、
「皇嘉門院忌日」
故女院(皇嘉門院、異母姉)の御忌日である。早朝大将(良通)を伴い、御墓所に参る。
「写経等を供養す」
舎利及び昨日書き奉る所の諸の真言並びに寿量品(復一巻)等を供養し奉る。僧三口、事了り布施を引く。九条の御堂に参る。14時頃に及び、僧徒が参入した。籠僧六口なり(但し、忠玄律師参らず、よって闕請一口を請じ加ふ。又観明法橋を以て導師となす。上臈たるに依りてなり)。公卿は右大将(良通)一人である。布施取衣冠、但し堂童子無し。略儀である。講演終わり、大将が被物を取る。その後弥勒講(三口)、日来の如し。その後の所作少なし。日没に及び退出した。

伝聞、平氏は猶室に在り。南海・山陽両道は大略平氏に味方したようだ。又頼朝と平氏同意すべしと。平氏密かに法皇に申し上げ許可が有るようだ。又義仲は使いを差し同意すべしの由を平氏に示したようだ。平氏は不承引のようだ。
「新摂政家司」
今日御堂に於いて光長が語り云う、新摂政の執事親経、年預光雅、御厩(うまや)上司資泰朝臣のようだ。他事未だ聞かずと。
「累代日記は鴨院に在り」
又累代日記併しながら鴨院に在るようだ。
(注釈)
寿量品(じゅりょうぼん)・・・法華経の一つ。
年預(ねんよ)・・・(臨時に1年を限り他の役所の職員が事務を担当)、執事の下で実務を行った職員。
厩(うまや)・・・馬小屋。
上司・・・上級の官吏。

12月5日 「吉記」
「義仲院より平家領を給わる」
院庁の御下文が到来した。平家領を義仲が相領すべしの由である。加判を与えた。

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