« 12月7日「義仲法皇を奉じて八幡辺に向かわんとす」 | トップページ | 12月9日 「長方の言により八幡御幸停止せられる」 »

2006年10月31日 (火)

12月8日「法皇御幸に他の人参らず」

12月8日 天晴
 使者を静賢の許に送り、法皇のお出かけの次第を問う。返事に云う、凡そ左右する能わず。仰せ下され一定した。今に於いては異議無し。天下今一重滅亡した。京都叉安堵すべからず。女房等少々、遠所に遣わすべきかと。凡そ京中の上下あわてふためき限り無しのようだ。叉宰相中将が退出した。法皇御所よりお出かけに参るべきにより、出立のため退出する所である。件の宰相の奥方は、この両三日女院に寄宿された。新御所の北対附近である。
「法皇御幸につき御占い行わる」
「五条殿に怪異あり」
当時の御所の五条殿、怪異を頗りに示した。よって八条院(鳥羽天皇皇女、法皇の妹、暲子内親王)にお帰りあろうと欲する処、義仲が受けざる間、忽ちに八幡へお出かけの儀出で来たるようだ。凡そ怪異を忌みられる条は、亡ぶごとき事あるか。今に於いては、法皇の御身、何によりて惜しみ思し食さるべきや。弾指すべし弾指すべし。
「法皇御幸に他の人参らず」
私の女房、大将の妻等、内密に明朝に奈良に使わすべき由、内々その指図を致した。然れども事猶穏便ならず。依って法皇附近に訪ね伺う処、10日のお出かけは頗る不定である。叉公卿等が参入し、お出かけの事を尋問せらる由、夕刻以後これを聞き及ぶ。叉縦いお出かけありと雖も、法皇の外他人参るべからず。お出かけあるべからず。入道関白以下、諸卿は京都市内に留まり、万事指図を致すべし。京都を損亡せざるため、お出かけを申し行う由、義仲は称せしめたようだ。よって明朝の下向は停止した。かつまた占いを加うる処、頗る快からざる故である。叉左少弁光長同じく忽ちにしかるべからざる由を申した。
「日頃山門衆徒蜂起す」
 22時頃に及び、或る人告げて云く、明日延暦寺を攻むべしと。驚奇限り無し。凡そ日来比叡山延暦寺の僧兵の蜂起は甚だ以て感心出来ない。世の為時に、訴訟も遺恨も有るべき事である。近日の事、ただ知らざるが如く見えざるが如くにて有るべき処、多数の僧侶の蜂起の條、還りて後々の手本の恥を為すべき所たるか。当時またこの蜂起に依り、攻め寄せらるべしのようだ。誠に比叡山の仏法滅尽の期至るか。悲しむべし、悲しむべし。頼輔入道が今日奈良に下向した。

|

« 12月7日「義仲法皇を奉じて八幡辺に向かわんとす」 | トップページ | 12月9日 「長方の言により八幡御幸停止せられる」 »