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2006年10月21日 (土)

11月19日「義仲法住寺御所を攻む」

11月19日 天気陰、時々小雨、
「義仲法住寺御所を攻む」
早朝、人告げて云う。義仲は、すでに法皇御所を襲おうとしたようだ。私は信受せざるの間、暫く連絡無し。基輔を以て法皇御所に参らしめ、詳細を尋ねさせた。12時頃に帰り来て、云う。すでに参上の由、其の聞こえ有りと雖も、未だ其の実無し。凡そ法皇御所中の勢は甚だ少しと為す。見る者興違の色有りのようだ。光長が又来た。法皇に申し上げる為退出した。然れども義仲の軍兵、すでに三手に分かれ、必定寄せるの風聞、猶信用せざる処、すでに事実である。私の屋敷は大路の頭たるに依り、大将の居所に向かった。幾程を経ず黒煙が天に見えた。是は河原の在家を焼き払うようだ。又時を作る両度、時に14時頃である。或いは云う、吉時と為すようだ。

「官軍敗績す」
16時頃に及び、官軍悉く敗績し、法皇を取り奉りました。義仲の士卒等、歓喜限り無し。

「義仲法皇を取り奉り五条亭へ渡る」
たちまち法皇を五条東洞院の摂政亭に渡し奉りました。武士の外、公卿・侍臣の矢に中(あた)り死傷の者十余人のようだ。夢か夢に非ざるか。たましいは退散し、万事覚えず。

「天下乱逆のうち未だ今度の如きは無し」「義仲はこれ天の不徳の君を誡むる使いなり」
凡そ漢家本朝天下の乱逆、其の数有りと雖も、未だ今度の如き乱は有り得ない。義仲はこれ天の不徳の君を誡める使いである。其の身の滅亡、又以て忽然か。ねがひに生きて此の如しの事を見る。只前世の行為を恥ずべきものか。悲しむべし悲しむべし。

「基通宇治の方に逃げる」
摂政(基通)は未だ合戦せざる前、宇治の方へ逃げられたようだ。夜に入り、定能卿が密かに母堂の許へ来た。即日私の居所の北隣に来た。

「兼房院に参るも合戦のため迷い出ず」
今日、二位中納言(藤原)兼房は法皇御所に参り、合戦の間、下人のため、僕従・乗り物等を隔てられ、歩行して、迷い出で、当時は小屋に在り。乗物を送るべき由、召使いを以て示し送られた。依って牛車等を相伴い送り遣わす処、尋ね失なうようだ。後に聞く、歩行で法性寺の僧都(慈円)の許に来たようだ。深夜に及び家に帰られたようだ。日来却って家の中にとじこもっている人が何故今日参院されたのだろう。無作法の甚だしき、鳴呼(ああ、あはあ)と謂うべきである。定めて天下の指図となるか。
「天皇の御在所知れず」
主上(後鳥羽天皇)には実清卿が相伴いなさるようだ。未だ其の御在所は知れないようだ。今夜は大将亭に宿泊した。

11月19日 [吉記]天晴れ。
「法住寺合戦」
 12時頃、南方に火有り。怪しみてこれを見る処、法皇の御所附近のようだ。再三進入すと雖も、戦場たるに依って、敢えて以て通ぜず。馬を馳せんと雖も、参入することが出来ない。南方の空を見るに夕陽に及び、縦横の説信じ、信ぜざるの処、日入るに及び、法皇の御方は逃げ落としめなさるの由風聞有り。のどをつまらせて泣くの外更に他事を覚えず。
「院御所火災」
後聞、御所の四面皆悉く放火した。その煙が偏に御所中に充満し万人が迷惑した。義仲軍は所々に破り入り、敵対に能わず。
「後白河院脱出」
法皇は御輿に乗せ、東を指して臨幸した。参集の公卿は十余人。或いは馬に乗り、或いははらばい、四方に逃走の殿上人以下その数を知らず。女官等多く以て裸形。武士伯耆の守光長・同子廷尉光経以下合戦した。その外併しながら以て逃げ去る。
「義仲法皇に追いつき摂政亭に幽閉す」
義仲は清隆卿堂の附近に於いて追参し、甲冑を脱ぎ参会した。申す旨有り。新御所の辺に於いて御車に乗せた。時に公卿修理大夫親信卿・殿上人四五人が御供に有り。摂政の五條亭においでのようだ。今年は闘諍堅固百三十三年にあたる。しかるに保元以後連々逆乱有りといえども何時この度に及ぶべきか。根本において、これを記ざる故、ひとえにこれ讃岐上皇の怨霊の所為か。天照大神守り給い奉りしめず、先世に御果報と雖も、悲しむべし嘆くべし。筆端及び難し。後代に恐れあり。然り而るに諸人定め以て記録か。憖録大概而已
今日参入の公卿は
花山院大納言兼雅、権中納言兼房、民部卿成範
前源中納言雅頼、三条中納言朝方、藤中納言頼実、
左京大夫脩範、修理大夫親信、左宰相中将定能、
源宰相中将通親、大貳藤原実清、経部卿藤原頼輔、
大蔵卿高階泰経、治部卿源顕信、信三位藤原季能、
信宰相中将泰通、右大弁親宗、
殿上人
 頭弁藤原兼光朝臣以下の連名書を知らず。
「所々火災」
夜に入り、所々に火有り。伯州(伯耆)光長宅、叉山(天台)座主三条房等である。
「賀茂臨時祭」
今日賀茂臨時祭である。しかるに天下乱逆により、その沙汰無しのようだ。

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