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2006年9月27日 (水)

10月23日「俊尭僧正の諌言により法皇二国を義仲に賜うという」

10月22日 天気晴れ、
 10時頃、大外記頼業が来た。世上の事を談じた。ひそかに示す所の趣意は私の案に同じ。賢士というべしと。学問の卿大夫等、多く偏る調子に入るようだ。政治を行う事と学問とは素より格別の道である。

10月23日 晴れ
「信円書を送り上洛の日次を兼実に問う」(略)
「院御占いあり」(略)
「賀茂在宣に条々の事を尋ねる」(略)
「朔旦の事」(略)
「朔旦は十九年を一章とす」(略)
「保元中朔旦と算勘さるるも止めらる」(略)
「御即位所並びに方角の事」(略)
「衰日等の忌の軽重の事」 (略)
「俊尭僧正の諌言により法皇二国を義仲に賜うという」
ある人云う、義仲に上野・信濃を与えるべし、北陸を横領すべきではない由、指図を遣わされた。又頼朝の許へも、件の両国を義仲に与えるべし、和平すべしの 由、指図されたようだ。この事、或地位の低い者の申し状に依る。俊尭僧正は一昨日参院(御持仏堂の時と)し、此の由を法皇に申し上げた。善と称し、たちま ち僧正の進言に従い、忽ちこの綸旨(勅命を受けて書いた文書)を下されたようだ。この条は愚案であり、一切叶うべきでは無い。およそ国家滅亡の結願、ただ この事に在り。弾指すべし、弾指すべし。朝廷に在る王候卿相、僧と俗人、身分の高い人と低い人、併しながら私を顧み、公に在らず。実に是愚にして猶愚かな り。国非ざれば、家建つること無し。君非ざれば、親建つること無し。
「人々敢えて正言せず」
もし身の安全を思うならば、先ず、国家の静謐(せいひつ、しずか)の計略を巡らすべしの処、各左右を恐れ、敢えて正言せず、又皆重事を謀る度量が無いか。悲しむべし、悲しむべし。

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