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2006年9月 2日 (土)

8月18日「院にて議定あり」

8月18日 終日雨降り、
「院にて議定あり」
今日議定の趣、追ってこれを尋ね記録しよう。定めて異議無きか。近代の作法のみ。
「立王の事」
静賢法印が人を以て伝え云う、立王の事、義仲猶不満を申すようだ。この事、先ず始め高倉院の両宮を以て占われるの処、官(神祇官)・寮(陰陽寮)共に兄宮を以て吉と為すの由これを占い申した。
「法皇女房丹波の夢想により高倉院の四宮を立てられんとす」
その後、女房の丹波(御愛物遊君、今は六条殿と号す)の夢想に云う、弟宮(尊成親王、四宮、信隆卿の外孫なり)、行幸有り。松の枝を持ち給わるの由を見た。法皇に申し上げた。依ってうらないにそむき、四宮を立て奉るべき様思案したようだ。然る間、義仲は北陸宮を推挙した。依って入道関白(藤原基房)、摂政(藤原基通)、左大臣(藤原経宗)、私と四人、召しに応じ、三人参入し、私は病気に依り参らず。かの三人は各申されて云はく、北陸宮は一切不適切である。但し、武士の申す所、恐れあり。よって御占い行われ、かの趣に従われるべし。
「再度占いを行われる」
松殿(藤原基房)は一向に占いに及ばず。御詳細を義仲に仰せられるべしと。私はただ法皇の決定を奉る由申した。依って折中し御占い行わるるところ、今度は第一は四宮(夢想の事に依る也)、第二は三宮(後高倉)、第三は北陸宮。官・寮とも第一が最吉の由を申した。第二は半吉、第三は終始快からず。占形を以て義仲に遣わすの処、申し云う、先ず北陸宮を以て第一に立てられるべきのところ、第三に立てられる。謂われ無し。凡そ今度の大功、かの北陸宮の御力である。どうして黙止するのか。猶郎従等に申し合せ、あれこれを申すべきの由申したようだ。凡そ勿論の事か。左右する能わず。凡そ初度の占い、この度の占いと、一二の条を替え立てられる。甚だ秘事有るか。占いは再三せず。しかるにこの立王の沙汰の間、数度お占い有り。神定めて、霊告無きか。小人のまつりごと、万事一決せず。悲しむべしの世なり。
「摂政基通法皇に鐘愛せられる事の子細」
又聞く、摂政(藤原基通)は法皇に愛される事、昨今の事ならず。御逃去以前、先づ56日内密に参り、女房の冷泉局を以て媒介と為したようだ。去る7月御八講の頃より、御色気有り。7月20日比、御本意を遂げられ、去る14日参入の次、又色言御戯れ等有るようだ。事の態、御志浅からずのようだ。君臣合体の儀、これを以て至極と為すべきか。古来、かくの如き事例は無し。末代の事、皆以て珍事である。奇怪な事件である。密告の思いを報ぜらる。其の実ただ、愛念より起こるようだ。
「良通夢想」
今朝、大将(良通)が書き付けを送りて云う、去る夜の夢想、春日大明神が告げ仰せ云う、不審に申す事(私の運の事、日来の間、中心これを疑ひ、その告げを乞うと)、更に疑い有るべからず。たちまち夢中にこれを思い、信状極まり無しと。幼少(良通は17才)の心底この事を思う。尤も憐れむべし、憐れむべし。此の夢又信ずべし、信ずべし。

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