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2006年9月10日 (日)

9月3日「四方の通路皆塞がる」

9月1日 雨下、
「滝口名簿を送る」(略)
「名簿書様」(略)
「良通に除目を教える」(略)

9月2日 天晴れ、
「女官除目」(略)
「政始」(略)
「公卿勅使進発」(略)

9月3日 天陰、時々雨降り、
「大夫吏隆職昨日の公事の事を注送す」(略)
「女官除目」(略)
「義仲頼朝の上洛を迎え撃つべく支度すという」
ある人云う、頼朝が去る月27日国を出で、すでに上洛するようだ。但し信受せず。義仲は偏に立ち会うべく準備するようだ。天下今一重の暴乱出で来たるか。
「四方の通路皆塞がる」
ある人が言いました。おおむね、最近の京都市内では、武士以外の者は、一日として生き永らえる方策が見つからない。そこで身分の上下なく武士以外の多くの人は市外の片山や田舎へ避難したようだ。東西南北の四方の路は全て通行出来ない。つまり四国及び広島より西の山陽道や九州等は平氏を征伐する以前なので通行出来ない。北陸道や山陰道は義仲が不法に占領している。法皇以下の国司は、役人としての一切の職務の遂行が出来ない。東山道や東海道は頼朝が不法に占領し上洛する以前なので、又通行したり国司の職務の遂行が出来ない。京都周辺の諸国の近辺の所領は、田畑の段歩なども残らず刈り取られた。又京都市内及び周辺の神社・仏寺・人屋・在家を悉く追捕した。その他運よく京都に届いた所の庄園や公領の運上物も、多少にかかわらず、身分の高低を選ばず、全て皆横取した。此の災難は、市中にも及び、昨日は売買など商売も出来ないようだ。どうして神様や仏様は何の罪も無い庶民を見捨てるのだろうか。やれやれ悲しいことだ。
「人々の災難法皇の乱政と源氏の悪行より生ず」
このような災難は、法皇の特に好むところの乱れた政治と源氏の奢りや法令を順守しない悪行とより出たものである。このようなとき、天下のことを思う忠臣や、俗世のわずらわしさを逃れる聖人なども、それぞれ過分の不慮の災難に遭う。これでは素直に成仏出来ない。哀しむべしはただ前世の所業の善悪のみか。

(ミニ解説)
さて、これを兼実に報告している「ある人」が誰かが問題である。いつもの官吏ではないようである。「昨日売買の便を失う」と言わせているから、出入りの商人かもしれない。商売人は本当の事は言わないものである。儲かつてしょうがないときは「ぼちぼちです。」、「赤字ですよ」と言うときは収支とんとん。大赤字で首が回らないときは夜逃げと。残らず刈り取ったり、残らず奪い取ったりしたら、京都市内は餓死者があふれそうだが、そのような風聞も無い。病で寝込んでいて、人の話を確認も出来ずに書いているだけである。

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