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2006年9月16日 (土)

9月18日「良通所労危急に及ぶ」 

9月17日 

9月18日 天晴れ、
「良通所労危急に及ぶ」
今日、大将(良通)更に発病した。殆ど危急に及ぶ。依って私と女房及び法印等、たがひに以て行き向かい、種々の願いを立てた(信助阿闍梨が諸願書を書き、之を読み上げた)。又仏厳聖人おいで願い、受戒せしめた。
「慈円薬師供を修す」
又法印をして薬師供を修せしめ、夜に入り帰宅した。

9月19日 陰晴不定、
「五位蔵人親経御即位間条々事を兼実に尋ねる」
今日、宮内権少輔親経(五位蔵人)が来た。私は簾を隔てて之に会見した。(略)
「御即位延引の可否」(略)
「即位十二月に延引するも憚りなし」(略)
「践祚は忽ちに行わるも即位は猶沙汰あるべし」
そもそも三種の神器を受けず、天子の位を踏むの例、人代以来、かってその例無し。(略)
「朝廷の大事剣爾紛失に過ぎるはなし」
凡そ朝廷の大事、三種の神器を紛失に過ぎるは無し、(略)
「初度行幸の事」(略)
「晴礼の儀を用いずとも失たらず」(略)
「民部省南門を会昌門に擬すべきかの事」 (略)
「民部省南門は高座の正南に当たらず」(略)
「民部省北垣を移し立てるが宜しきか」(略)
「紫宸殿高座を官庁に移す事の可否」(略)
「治歴の寸法で新造すべし」(略)
「列身定考何処で行われるべきかの事」(略)
「官西庁宜しかるべし」(略)
「紫宸殿における即位を忌む事兼実欝陶す」(略)
「豊楽院なきにより大極殿を用いる」(略)
「大極殿焼失の後は紫宸殿を即位の場と定むべし」(略)
「天子の居を置きながら諸司にて即位行われるは不当なり」(略)

「北陸の宮(加賀)明日入洛あるべし」
北陸の宮(加賀)が明日入京するようだ。今日、三井寺に到着したようだ。

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