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2006年8月17日 (木)

7月29日 [吉記]「平家等すでに播磨に至る」

7月29日 天気晴れ、
「法皇の院庁へ参上」
 16時頃、大将(九条良通、兼実長男)を相伴い、法皇の院庁へ参上した。(右衛門権佐、藤原)定長を以て申し入れた。帰り来たりて暫し待機すべき由を示した。数刻の後、(参議大納言、藤原)定能卿が来たりて言う、御念誦を始められた。早く退出すべしと。よって退出した。
「九条亭に帰る」
直ちに九条亭に帰宅した。これより先に女房等は帰宅した。

7月29日 [吉記]「平家等すでに播磨に至る」
 降将の平家等すでに播磨(兵庫県南西部)に至るの由が風聞した。上総の介忠清・検非違使貞頼等は出家した。忠清は能盛の許に在り。貞頼は兼毫法印の許に在るようだ。然るべき武士等は多く付かざるの由、その聞こえ有り。今夜、祇園中路五條坊門以南が焼失した。六波羅密寺も同じく以て焼失した。また一日焼け残る所の故正盛朝臣(常光院)も焼失したようだ。

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