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2006年8月 7日 (月)

7月9日 [吉記]「金峰山・多武峰等の衆すでに蜂起」

7月9日 晴れ、
「師景の文書目録を取り終える」
今日又使いを(外記大夫)師景の許へ遣わし、重ねて目録を取らせた。今日功を終へた。
今日大夫吏の(小槻)隆職が来た。簾前に召し世間の事を談じた。

7月9日 [吉記]「金峰山・多武峰等の衆すでに蜂起」
 金峰山・多武峰等の衆すでに蜂起した。頼政入道の仲間がその中に在るようだ。殿下より法皇に申された。また丹波(大部分は今の京都府)すでに興盛のようだ。

7月11日 晴れ、
大外記(清原)頼業が来た。簾前に呼ぶ。
「方違い」
此の夜秋節に違はん為、御堂の宿所に参り宿泊した。
(注釈)
方違へ:かたたがへ、陰陽道で、外出の際、天一神(なかがみ)、太白神などのいる方角を避け、行く方角がこれにあたると災いを受けると信じ、前夜別の方角の家(=方違へ所)に泊まり、そこから方角を変えて目的地へ行く。

7月12日 晴れ、10時頃、帰宅。

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