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2006年8月21日 (月)

7月30日 [吉記]「追捕物取」

7月30日 [吉記]
「追捕物取」
 京中の追捕・物取等すでに公卿の家に及んだ。また松尾社の神職等が防戦の間、神職等の家に放火した。梅宮社の神殿も追捕された。広隆寺の金堂も追捕され、度々合戦した。行願寺また追捕されたようだ。
「三種の神器」
成範卿が院宣を奉り、時忠卿の許に仰せ遣わした。また内々に貞能の許に仰せ遣わすの旨等が有るようだ。
「京中守護」
京中守護を義仲が院宣を奉りこれを支配した。
   源三位入道子息      大内裏(替川に至る)
   高田四郎重家・泉次郎重忠  一條北より、西朱雀西より、梅宮に至る。
   出羽判官光長       一條北より、東洞院西より、梅宮に至る。
   保田三郎義定       一條北より、東洞院東より、会坂に至る。
   村上太郎信国       五條北より、河原東より、近江境に至る。
   葦数太郎重隆       七條北より、五條南より、河原東より、近江境に至る。
   十郎蔵人行家       七條南より、河原東より、大和境に至る。
   山本兵衛尉義経      四條南より、九條北より、朱雀西より、丹波境に至る。
   甲斐入道成覺       二條南より、四條北より、朱雀西より、丹波境に至る。
   仁科次郎盛家       鳥羽四至内。
   義仲           九重(皇居)内、並びにこの外所々。
    以上を義仲が指図したようだ。
(注釈)
源三位入道子息・・・馬場源氏。頼政の孫。右衛門尉有綱
高田四郎重家・泉次郎重忠・・・尾張源氏。尾張の国の住人
葦数太郎重隆・・・尾張源氏。尾張の国の住人。佐渡の守。
出羽判官光長・・・美濃源氏。検非違使。(伯耆の守)
保田三郎義定・・・甲斐源氏。(遠江守)
村上太郎信国・・・信濃源氏村上系。右馬助  
山本兵衛尉義経・・・近江源氏、甲斐源氏。(伊賀の守、若狭の守)
甲斐入道成覺(義兼法師)・・・近江源氏、       
仁科次郎盛家・・・信濃領主、平姓。左衛門尉

いずれも国守級の軍事貴族。       

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