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2006年8月15日 (火)

7月27日「義仲行家を狼藉を停止させるため、早く入京すべき」

7月27日 天気晴れ、
中風が発生のため、今朝は御所に参る事が出来ない。
「平宗盛以下追討の事につき法皇より諮られる」
(参議大納言、藤原)定能卿が来た。また(右衛門権佐、藤原)定長がお使いとして来た。曰く、前内大臣(平宗盛)以下追討の事、内々にお言葉は下さるといえども、なお証文を、給わるべし。しこうして宣旨か庁の御下文か如何、私は云う、天皇はすでに賊の平家軍に伴う、宣旨の条はすでに文書偽造となる。法皇の御下文がよろしい。定長また云う、もし法皇の詔書となすべしか、私は云う、この事大事たりといえども、摂政の詔(みことのり)を下さるに似ざるか、ただ法皇の御下文がよろしい。
 私は問いて云う、三種の神器の指図は如何に、定長曰く、天皇・三種の神器は共にお帰り有るべしの由、定長御が文書に書いて、主典代の大江景宗が相伴い、平大納言時忠のもとに遣わすべし。私は曰く、この事甚だ弱腰の指図である。たとえ御文書を遣わすといえども、御使に於いては止められるべし、召し使い両三人の如きを、差し遣わすべしである。凡そ此の三種の神器のこと、別の奇策を以てかの縁辺の人を尋ね、誘惑されるべきである。事ひそかに有るといえども、安穏に出来ること、甚だ有り難き故である。
「義仲行家を狼藉を停止させるため、早く入京すべき」
 私はまた言う、今においては、義仲(木曽)、行家(十郎)等を士卒の狼藉を停止させるため、早く入京すべきである。その後早く速やかにお帰りあるべきである。そうでなければ、京都の乱暴乱雑はあえて止める事が出来ない。これらの趣を早く申し上げるべし、定長は帰りました。
「法皇京都に還御」
 14時頃、定能が告げて曰く、連々、日どり無しのため、今日俄にお帰りがありました(明日は復日、明後日は御衰日、晦日に至るの条、甚だ怠慢の故なり)。以て、ただちに法皇お出かけしました。
「兼実下山法性寺に宿す」
 私は法皇がお出かけの後同じく山を出発した。20時頃、法性寺に到着した。帰忌日のため僧の宿舎に宿泊した。法皇も同じく、帰忌日に依り、蓮華王院にお帰りのようだ。今度、中堂に参るべしの由、相存ずるの処、日どり宣しからざるの上、事はにわかの間、空しく以て下京した。所願成就の時、この残念を晴らすべき由、中心より祈願した。

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