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2006年8月 6日 (日)

7月7日「節供」

7月6日 晴れ、
右衛門権佐(藤原)定長を招き、(中原)師景の文書の間の事を示す。定長云う、推問使の事は定能の談の如し。

7月7日 晴れ
「節供」
節供(七夕)、(陪膳は季長朝臣、分配は範季が辞退した。よって年預の光長が之を勤仕した)
「乞功奠(きっこうてん)」(巧(たくみ)になることを乞(こ)ひ祀る(まつる)
乞功奠等例の如し、仏厳上人が来た。
「外記大夫師景の文書目録を取る」
今日(外記大夫)師景の堂に使者等を遣わし、文書目録を取る(示す)。
「法勝寺御八講結願」
法勝寺の御(法華)八講の結願である。
(法勝寺は左京区岡崎にあった)

7月8日 晴れ、夜に入り雷鳴、
「最勝光院御(法華)八講に御幸有り」
最勝光院の御(法華)八講、初日、法皇の御幸が有るようだ。
(最勝光院は院御所法住寺殿にあった)

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