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2006年8月31日 (木)

8月15日「門司関を閉じる」

8月15日 天気晴れ、
 夕方、(左少弁藤原)光長が来た。院宣を伝えて云う、
「法皇成勝寺に神祠を建立し崇徳天皇の霊を蕩しめんとす」
成勝寺の内に神のやしろを立てられるべき由思案する所である。その故は、ちかごろ以来、乱逆が連綿し、天下静かならず。かの怨みを抱いてたたりをする死霊(崇徳)により此の災難有る由、世間の思う所である。依ってその霊魂をはらい除く為、神のやしろを立て、影降を待つべき由、法皇のお考え一決する所である。その間の儀を協議し申し上げるべしといえり。申し云う、この事暗に協議し申し難し。例を外記に問われ、かんがへ申すに従い、其の沙汰有るべきかといえり。光長云う、左内両府(左大臣、内大臣)が問うべしと。この事は社(やしろ)か廟(びょう)か。八幡宮及び北野宮の例等に准ずれば、廟となすべきかと。
「門司関を閉じる」
 この次語り云う、平家の余勢は幾らも非ず、船百余艘、現在、備前国小島に在るようだ。九州は門司の関を閉じる。よって九州に通行する事は出来ない。南海・山陽両道を領有すべき由、計画すると雖も、定めて叶わざるかと。
「慈円二十五三昧念仏を修す」
夜に入り、御堂に向かう。法印(慈円)は弟子等を率い、二十五三昧念仏を修めせしめた(源信僧都この行を始めたようだ。最上の功徳なり。この法印、年来は日常住んでいるへやに於いてこれを修した。今月この辺に座せらる。よって御堂に参らしめ修された。私は結縁(けちえん)のため女房を率い聴聞する所である)。聴聞の為参る所である。夜明け後帰宅した。大将(良通)同じく参入した。私は扇を少々僧達に施さんと欲した(法印相加へ八口)。しかるに別の願いに依り、この如き事無き由、法印示された。よって翌日かれの房に送るなり。
(注釈)
廟(びょう)・・・祖先の霊を祭るところ。
結縁(けちえん)・・・仏道に入る縁を結ぶこと。

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