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2006年7月 2日 (日)

9月20日 晴
「東国・北陸共に以て強大」
伝聞、東国・北陸の反乱軍は共に以て強大である。官軍はひ弱であるようだ。

9月21日 霽 [吉記]
「宗盛故頼政郎等を捕えんとし郎等自殺す」
後聞、故頼政法師の家来で彌太郎(埴生)盛兼は嫌疑の事有り(故三條宮、以仁王の間の事と)。前の按察侍家(源資賢)に於いて、前の幕下(平宗盛)は武士を派遣し、逮捕しようとするの間、件の盛兼は自殺した(喉笛を掻き切る)。また前の少納言(藤原)宗綱入道は前の按察(あんさつ、しらべること)の許より逮捕されたようだ。未曾有の事である。

9月24日 雨降る
「大和国大福庄源氏の為焼かれたり」
伝聞、大和の国(奈良県)の前の大将(宗盛)の庄(大福庄なり)が、源氏(二川三郎と称すと)の為焼かれた。奈良の僧兵が少々混成したようだ。

9月27日 天晴れ
「平行盛進発す」
今夜光り物(流星)ありと。行盛朝臣が、今日門出した。北陸に赴くようだ。

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