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2006年7月31日 (月)

6月6日「官軍敗績後の事計申すべき旨院より仰せられる」

6月6日
「官軍敗績後の事計申すべき旨院より仰せられる」
大蔵卿(大蔵省長官)の泰経卿が法皇のお使いとして来た。疾であるが之に会見した。仰せに云う、北陸の官軍等空しく以て帰京した。此の上は何様に行われるべきやという。申し云う、百千万の事叶うべくもなし、只天下が落ち着いた時、徳政を施すべしの由、法皇のお考えより起り、御願い立たれるべし、この外の他の計り事は、一切叶うべからずという。

6月6日 己亥 朝雨下る [吉記]
「敗軍等今日多く入洛」
 14時頃に建礼門院(徳子)に参る。北陸の事は驚き存ずるの由を前の内府方(宗盛)に示し入る。朝庭の大事に依ってである。延暦寺に於いて、千僧の御読経を行わるべし。その行事を執行すべきの由、左大弁(源経房)が談る。追討使の間の事、人々に仰せ合わさるべし。左府(左大臣、藤原経宗)が去夕に参られ、今日書き進めるべきの由これを申された。右府(右大臣、兼実)は病気を申された。仍って大蔵卿が彼の亭に参向した。内府(内大臣実定)今日参らるべし。堀河大納言は病気を申された。梅小路中納言は今日参上すべきである。広く及ぶべきの由先ず議有りと雖も、止めらるようだ。敗軍等が今日多く入京したようだ。

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