« | トップページ | 4月4日「任大臣大饗なし」 »

2006年7月18日 (火)

4月3日「二位中将兼房兼実に遺恨あり」

4月3日 天気晴れ、
中御門(なかみかど)大納言の藤原宗家・参議中将の藤原定能(女房の兄弟)等が来た。
「良通催馬楽を習う」
大将(九条良通、兼実の長男)が催馬楽(さいばら、平安の歌謡)(庭生)を、大納言の実定に習う、藤原定能卿が密かに語り云う、今度の中納言には、三位中将藤原頼実が任ぜられるようだ。二位中将(兼房、兼実の弟)の為には実に哀れな事である。左右能わずと、去年の春すでに、任ぜられる事を欲した。時に臨み罷免したのに今回は他の人を任命される。運報の至りは左右する能わざるか、先日(藤原)定長に付け示す。然れども未だ申し達せざるか。
「二位中将兼房兼実に遺恨あり」
凡そこの人(弟の兼房)は私に殊に遺恨有り。敢えて会釈も無し、然れども、家門を憶ふに依り、再三推挙を取る。許容無しの条は又愚兄の過失のみに非ざる。
「兼実大臣を良通に譲る由世間謳歌す」
定能又語り云う、私が右大臣を大将(良通)へ譲るべしの由、世間は謳歌し、一定の由遍く申すようである。この事が許容有るならば、尤も大望である。去年奏聞したのだが、左右大臣辞退の事はすでに以て許されない。殆ど法皇の怒りに触れる、況や譲与の条、更に叶うべくもない。よって申し出ない処、世の推す所、大将の大臣はすでに任務に当たるか、退いて猶思慮を加え左右すべし。猶年齢は幼少である。今一二年相待つべきか。今年は厄年が重なるし、旁(かたはら)謙譲すべきか。
「梅宮祭」
今日は右京区楳津の梅宮祭である。指揮する公卿は中納言の平頼盛卿である。

|

« | トップページ | 4月4日「任大臣大饗なし」 »