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2006年7月 3日 (月)

9月28日「熊野法師謀反鹿背山を切り塞ぐ」

9月28日 雨降り
「熊野法師謀反鹿背山を切り塞ぐ」
伝聞、熊野の法師達が、一同し反乱した。鹿背山を切り塞いだ。これに因って、(平)頼盛卿は追討使として下向すべきの命令が仰せ下された(紀伊の国は彼の卿の知行国である)。
「高野山騒動す」
又高野の御山で、いささか騒動有り、源氏の武士が少々くだんの山に籠もるようだ。
「東国の輩、上洛近く」
また聞く、東国の者どもの上洛は近いようだ。すでに参河・尾張等に到達したようだ。仍って前の幕下(宗盛)の家来等は、且つは伊勢・美濃等の方面へ派遣するようだ。

9月29日 陰晴不定 
「平宗盛関東攻め来る時西行すべしという」
源(雅頼)中納言が来た。世間の事等を談じた。伝聞、前幕下(平宗盛)西行の事忽ち然るべからず、関東攻め来るの時其の儀在るべしと。又前大将(平宗盛)天下の政治の事を関知せずの由、法皇に願い出たようだ。

9月30日 陰晴不定 
「宗盛善政の方策を頼業に尋ねる」
大外記頼業云く、一昨日前の幕下(平宗盛)の許より、使者を送られ謁見した処、示されて云く、天下の事、今に於いては、武力では叶うべからず。武力以外の計略を廻すべきか。

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