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2006年7月25日 (火)

4月26日「伊勢公卿勅使進発す」

4月26日 晴れ
「伊勢公卿勅使進発す」
今日公卿の勅使が出発した。指揮する公卿は宗家卿、使は参議中将の通親卿、摂政の基通が天子の直筆の手紙の宣命を清書した。但し摂政は神祇の官庁に参らず。指揮する公卿以下は参向し出発した。御願いの意趣は、今年の御厄(やく)、並びに近日の異変、及び追討等であるようだ。

4月27日 雨下る。
「摂政内舎人隋身を辞す」
今日、摂政(基通)は外出のときの警護の舎人(とねり)の隋身を辞する文書を上進した(兼光これを作り、親雅これを書く)。忠親卿は勅使の事を行う。大内記光輔これを作る。文書の使いは右少将成定、勅答(天皇が臣下に答える)使は左中将通資朝臣のようだ。その後吉書(吉日を選んで奏聞する文書)あり、例の如し。
「内大臣実定拝賀」
内大臣(実定)の拝賀、したがう公卿は大納言実房、中納言実家、実宗、参議の経房等のようだ。

4月29日 
「蹴鞠(けまり)」
この日堂に向かう。少将親能(定能卿の息子、生年15歳)が来た、蹴鞠をした。容貌美麗で、また堪能である。尤も歎美するに足る。

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