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2006年6月 2日 (金)

閏2月7日「天下飢饉により関東逆乱の祈り合期せず

閏2月7日 天陰、雨降り
「昨日群議大略一同す」
「天下飢饉により関東逆乱の祈り合期せず大略征伐を休み宥(ゆう)行の儀あるか」
法皇の言葉に云く、関東逆乱の間、天下飢饉に依って、御祈り合期せず。また兵粮すでに尽きた。賊首は尾張の国に群集した。猶追討するべきか。もしまた宥(なだ)め行わるの儀は如何。一同申して云く、先ず院宣を下され、その様子の跡に随い、沙汰有るべし。御祈りと云い、兵粮米と云い、堪えるに随い沙汰あるべきの趣があります。重ねて仰せていわく、院庁の御下し文をなさる。

(中略)
西海(九州)謀反の聞こえ有り。また如何。人々申して云く、西海の事、同じく院庁の下文を下さるべし。使者の事は、両様、或いは主典代、若しくは庁官、或いは四位院司と。
主典代:院庁の記録文書係の院司(いんのつかさ)
院庁下文:いんのちょうくだしぶみ、院庁から発給された公文書。
  (略)
「諸国に院宣を下しその状況の跡に随い沙汰あるべし」

「重衛下向に際し東国勇士等随うべき旨院宣に載すべしと宗盛奏請す」
伝聞、幕下(宗盛)申し上げて云く、重衡に於いては、来十日下し遣わすべき一定である。然れば、東国の勇士等が、頼朝に背き、重衡に従うべきの由、院宣に載すべきである。

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