« 3月13日 [吉記]「美濃合戦の風聞」 | トップページ | 4月9日「坂東武者尾張国に来たる」 »

2006年6月14日 (水)

3月28日「官軍兵粮無し」

3月17日 朝陰 
「秀衡頼朝を攻める為白河の関を出る」
伝聞、秀平が頼朝を責める為、軍兵二万余騎が、白河の関の外に出た。茲に因って、武蔵(東京埼玉)・相模(神奈川)の武士達が、頼朝に背いた。仍って頼朝は安房の国(千葉南部)の城に帰住したようだ。また越後の城の太郎助永が病死したようだ。但しこれ等の事、信を取り難し。
「此の如くの風評は、先々皆以てでたらめである。然れども後日真偽を承知するため、聞き及ぶに随いこれを記録する。」

3月26日 天晴 
「去夜重衡入京」
去る夜半、重衡朝臣が入京したようだ。

3月28日 天晴
「官軍兵粮無し」
また聞く、坂東の武士等は、すでに参河の国に超えて来た。実説のようだ。併しながら官兵等は帰洛した。また兵粮無し。その隙を得て襲来すべきか。尤も用心有るべき事か。

|

« 3月13日 [吉記]「美濃合戦の風聞」 | トップページ | 4月9日「坂東武者尾張国に来たる」 »