« 閏2月12日「関東勢伐入らんとすとの飛脚頻りに到来」 | トップページ | 閏2月24日 「平氏一族集会し内議あり」 »

2006年6月 4日 (日)

閏2月17日「貞能郎従上洛し尾張の情勢を告ぐ」

閏2月17日 天晴れ
伝聞、越後の国の城の太郎助永が、宣旨に依ってすでに甲斐・信乃の国に襲来するの由が風聞した。無実であるようだ。
「貞能郎従上洛し尾張の情勢を告ぐ」
晩に及び、隆職来たり語りて云く、筑前の前司の貞能の家来が、一昨日上洛した。ひそかに相触れる事が有り来向した。語りて云く、官兵その勢万余騎、尾張の賊徒僅かに三千騎ばかりである。短期間で、攻め落とすだろう。日来船が遅延するの間今まで戦わなかった。五百余艘の船がすでに付いた。今に於いては、賊徒の敗績は、程を経ることもないようだ。

閏2月20日 陰晴不定
「南都の僧等、謀反に与力」
行隆また云く、近日、猶南都(奈良)の僧等、謀反に味方するの由、ほぼその聞こえ有り。この状況は如何。余云く、猶この儀有るに於いては、また忽ち何ぞ寛宥の沙汰に及ぼうか。勿論の事か。但し真偽を尋ね捜し、事実ならば、法に任せ沙汰有るべきかといえり。
寛宥:寛大な心で罪過をゆるすこと。

閏2月22日 陰晴定まらず
「熊野の法師尾張に越えたり」
伝聞、熊野の僧兵達が二千余人、尾張に越えた。味方しようとする為のようだ。

|

« 閏2月12日「関東勢伐入らんとすとの飛脚頻りに到来」 | トップページ | 閏2月24日 「平氏一族集会し内議あり」 »