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2006年6月 3日 (土)

閏2月12日「関東勢伐入らんとすとの飛脚頻りに到来」

閏2月10日 天晴れ
伝聞、重衡朝臣は来る十三日下向するらしい。今朝先ず検非違使の(藤原)景高が、院宣を相具し(召継を以て御使いとなす)、出発したようだ。

閏2月12日 陰晴不定
「関東勢伐入らんとすとの飛脚頻りに到来」
伝聞、関東の勢力はすでに伐ち入りを欲し、官軍の陣中は物騒しい。飛脚が頻りに到来した。この状況を申し、重衡は明朝に馳せ向かうようだ。

閏2月15日 天陰
「追討使重衡院廰下文を相具し発向す」
今日、追討使の蔵人の頭正四位下平重衡朝臣は、院庁の御下文を相具し、発向する所である。今日は宇治に宿し、来たる十九日、美乃・尾張の境に着くべしと。兵は一万三千余騎が随うようだ。
「重喪中陰の内たりと雖も、宗盛の命により発向す」
重喪中陰(四十九日)の内たりと雖も、前の幕下(宗盛)の命に依って、先父の追慕を顧みずか。重衡は武勇の器量に堪ふるの故、殊にこの撰考に応じたようだ。
「重衛南都を滅亡す」

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