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2006年6月10日 (土)

3月1日「藤原秀衡頼朝を討たんとす」

1181年 (治承5年、7月14日改元 養和元年 辛丑)

3月1日 陰、風吹く
「藤原秀衡頼朝を討たんとす」
伝聞、藤原秀平が頼朝を追討すべき由の飛脚を進上し、前の大将に申しあげた。法皇に申し上げず、直に報状を示したり。早々に攻め落すべき由である。但し秀平は全く動こうとせず。ただ詞を以て、此の如く申しあげる計略のようだ。官兵等は水が溢るに依り、未だ尾張河を渡らず。来たる五日合戦するようだ。

3月2日 陰晴不定
「十郎蔵人尾張の国に在り」
伝聞、尾張の武士等は遠江(静岡県西部)に退却する由が日来風聞した。極めて実説性は無し。義俊(十郎蔵人)以下数万、皆尾張(愛知県西部)の国に在り。敢えて動揺無し。官兵は明日(三日)攻め寄せるようだ。これは実説である。坂東の賊首はこれを以て先頭と為すようだ。

3月4日 天晴 
伝聞、三日の合戦は延引した。来る七日のようだ。

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