« 12月25日「平重盛南都追討のため発向す」 | トップページ | 1181年 (治承5年)1月1日「南京諸寺焼失」 »

2006年5月15日 (月)

12月28日「重衡狛川原辺の在家を焼払う」

12月28日 晴れ
「重衡狛川原辺の在家を焼払う」
伝聞、去る夜平重衡朝臣が南都に攻め寄せた。その軍勢は莫大に依って、忽ち合戦することが出来ないようだ。狛川原の辺の在家を併せて焼き払った。或いは又光明山を焼こうとするようだ。

12月29日 天晴
「重衡南都征伐より帰洛す」
10時頃人告げて云く、平重衡朝臣が南都(奈良)を征伐し、只今帰京したようだ。また人云く、興福寺・東大寺以下、殿堂・家屋、地を払い焼失した。御社に於いては免がれたようだ。また悪徒三百余人これをさらし首にした。その残りは春日山に逃げ籠もったようだ。凶徒の殺されるに至れば、還って御寺の要事である。
「七大寺已下悉く灰燼に変じ仏法王法減尽す」
七大寺以下、悉く灰燼に変わるの條、世の為民の為、仏法・王法減し尽きたるか。凡そ言語の及ぶ所に非ず。筆の先の記すべきに非ず。
(略)
「天台の両寺は度々の災に遭うも南都(奈良)の諸寺に至りては未だ此の如き事なし」
(略)
悲しむべし悲しむべし

|

« 12月25日「平重盛南都追討のため発向す」 | トップページ | 1181年 (治承5年)1月1日「南京諸寺焼失」 »