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2006年5月 5日 (金)

11月30日「近江武士船を点取るため西岸に着す」

11月30日 陰晴不定、午後小雨
「近江武士船を点取るため西岸に着す」
伝聞。昨日の近州(近江)の武士等は数萬には及ばないようだ。ただ船六艘を西岸に着け、少々の者が寺中に打ち入る。僧徒等が詳細を問うと、船を調べて没収する為に来たの由を返答した。其の軍勢の総数は百騎ばかりで、その中の半分の者が船等を点検し奪取し東岸に帰着した。残り五十騎ばかりは前岸に着船し、猶西岸に居留しているようだ。且つ船等を調べて没収する為、且つ事態を尋ねる為来たようだ。今日京中は頗る静かなようだ。18時頃定能卿が来た。旬・五節等の行事の間の事を話す。又天下をおそれるの事、誠に万人逃れ難い怖れだ。
「柏木義兼打ち入らんとるも武田を待ち暫く遅々す」
人伝えに云く、甲賀(滋賀県の郡)の入道とやかく言うこと無く打ち入らんと欲するの処に、甲斐(山梨県)の武田が人を送りて云く、暫く攻め寄せるべからず。我行き向かうべし、侍ちてつれそうて寄せるべきである。無勢にて追い帰されると、後悔すると。仍って彼を相連れ添う為に遅延するようだ。甲賀の入道と謂うは義兼法師である。刑部省の判官(源)義光の子孫のようだ。

11月30日 「吉記」
「東国逆乱・謀反逐日倍増」
今日院に於いて評議決定有りとの事、東国の反乱軍の事である。公卿は左大臣・左大将は直衣(平常服)・師大納言・新大納言・堀河中納言左代弁等が控えた。上達部座、予仰せ奉ると。東国の反乱・謀反は逐日倍増し・すでに近江の国に及び、就中昨日は反乱軍等が圓城寺(三井寺)に討ち入り、指す所無しの為と雖も、帝都は遠からず、驚き思し召す所なり。何様に行い計られるべしや、宣申し定べしといえり、修行の年数が少ない人々が申し定め、定めの趣を御前に参り奉聞しました。

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