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2006年5月31日 (水)

閏2月4日「清盛没すと伝聞す」

閏2月4日 天陰雨降り
「清盛没すと伝聞す」
夜に入り伝聞、禅門薨去(こうきょ、薨逝)すと。但し実説か否か知り難し。尋ね聞くべし、

閏2月5日 天晴 
「清盛死去一定」
禅門(清盛)薨逝(こうせい、皇族または三位以上の人の死去)、一定のようだ。
「後白河法皇変異の心あるか」
「清盛後事を宗盛に託す事を後白河法皇に奏す」
昨日朝、禅門(清盛)円実法眼(国家を乱す起原、天下の賊なり)を以て、法皇に奏して云く、愚僧(清盛)早世の後、万事は宗盛に仰せ付けた。毎事仰せ合わせ、計り行わるべしと。法皇の答は詳しくはわからない。ここに禅門は怨みを含むの気色有り。行隆を召して云く、天下の事、偏に前幕下(宗盛)の最なり。異論有るべからずと。

「ただ東国の寇(こう、あだ)に非ず中夏(京都)の乱なり」
「清盛一族の事」
「過分の栄幸」
「衆庶の怨気に天答え四方の匈奴(きょうど)変を成す」
「天台法相の仏法を魔滅す」
「弓矢の難を免れ病席に死するは宿運の貴なり」

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