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2006年4月14日 (金)

9月9日「関東反逆の聞こえ有り」

9月9日 晴れ
「関東反逆の聞こえ有り」
関東で反乱との知らせが有りました。去る五日太政官の大外記・大夫史等の役人が、招集の命により法皇の御所に集まり会議が有りました。
「評議有りて頼朝追討すべく宣下せられる」
追討すべきの由、頭弁の源経房が宣下し、左大将の藤原実定が官符を下した。平維盛・平忠度・平知度等は来二十二日に下向すべしと。但し賊軍はわずかに五百騎ばかりで、官兵は二千余騎である。すでに合戦となり、
「凶族山中に逃げ入る」
反乱軍等は山中に逃げ入りたりの由、昨日(六日なり)飛脚が到来したようだ。然れば大将軍等の出発は、若くは事に後れ有るかというようだ。
(注釈)
官符・・・太政官符、太政官から発する公文書
太政官・・・現在の内閣
弁・・・太政官の中級の官吏の名、左右、大中少がある。
頭弁・・・中弁のうち蔵人(くろうど)を兼ねる者、頭の弁
飛脚・・・急用を遠くへ知らせる使い

9月9日 「山槐記」晴れ、
 頭弁経房が話した、関東の大乱に、追討使を三人派遣する、右少将の平惟盛朝臣、薩摩の守平忠度朝臣、武蔵(参河の誤り?)守平知度等である。

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