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2006年4月28日 (金)

11月9日 「関東の事、逆徒すでに参河・遠江等」

11月9日 晴れ [吉記]
「関東の事、逆徒すでに参河・遠江等」
早朝、静賢法印がおいでになられた。もっぱらに世間の事を歎いた。関東の反乱の事、今や京都に帰るの沙汰有るの外、回復困難の由これを談る。反乱軍はすでに参河(愛知県東部)・遠江(静岡県西部)等に及び、神社・仏寺・権門領等、官に納めた物を失うべからざるの由を処置した。もっぱらに世間の非道を排除しこの処置をした。

11月12日 晴れ、
「関東の逆党美濃国に到る」
伝聞、関東の反乱軍は、すでに美乃の国(岐阜県南部)に到来したようだ。仍って先ず美乃の源氏軍を伐つ為、禅門(平清盛)がひそかに部下将兵等を派遣した。その後に追討使を派遣するべきであるらしい。

11月15日 晴[吉記]
「山の大衆使参上」
 山(比叡山延暦寺)の大衆(僧兵)の使いが参上した。山門(比叡山延暦寺)の訴えに依って、都帰りは一定の由を官庁の役人に命令し納得させた。これは行隆が担当である。

11月17日 晴れ
「美濃源氏等凶族等に与力す」
伝聞、美濃(岐阜県南部)の源氏等は、皆悉く反乱軍等に味方し、美濃・尾張(愛知県西部)両国併せて占領したようだ。また聞く、熊野の権の別当の湛増が、その息子の僧を差し出した。仍って罪をゆるすことが有るようだ。また鎮西の賊の菊池権の守を、さしたる理由無くなさけに依ってゆるしたようだ。関東の反乱軍がこれ等の詳細を聞くと、いよいよ武勇の柔弱を察するだろう。

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