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2006年4月20日 (木)

10月8日「清盛遷都の事により人望を失う」

10月8日 晴れ
夜に入り伝聞。高倉宮(以仁王)が生存することは確かなようだ。去る七月に伊豆の国に到着したようだ。現在は甲斐の国にお住まいであり、仲綱以下が同道しお仕えしているようだ。但し信用する事は出来ない。
「清盛遷都の事により人望を失う」
凡そ権勢の人(平清盛)は、遷都(福原への)の事に依って、人望を失うの間、此のようなデマが流言した。多すぎて適当に処置する事も出来ない。誠に不便な事である。

10月13日 「吾妻鏡」
 木曽の冠者義仲は亡父義賢の古人の事跡を尋ね、信濃の国を出て上野(こうずけ、群馬県)の国に入る。仍って武士等は少しずつ和らぎ従うの間、俊綱(足利の太郎)の為世間を煩わすと雖も、恐怖の思いを成す事が無いようにとの由、命令指図を重ねたようだ。

10月17日 晴れ
伝聞、追討使は遠江(とおとうみ、静岡西部)の国に於いて、彼の国の武士の為射落されたようだ。後で聞いたところでは誤りのようだ。

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