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2006年4月 5日 (水)

5月17日「以仁王三井寺にあり」

5月17日 天晴
「以仁王三井寺にあり」
 伝聞、昨日10時ごろ、八條宮(圓恵法親王これなり、高倉宮の弟)が、使者を以て宗盛(むねもり)・時忠(ときただ)等の卿に知らせたようだ。高倉宮がおいでの所は、三井寺(園城寺)、平等院である。京を出らるべきの由を沙汰する所なりということだ。これにより時忠卿は彼の御迎えのため人を遣わした。また宗盛卿は武士五十騎ばかりを彼の使に着け加えこれを遣わした。即ち八條宮の従者達三人がこれに同道した。夕刻に出立した。24時頃に彼の寺に到着した。但し寺中に入らず、小関外に群集していた。先ず以て従者達が御迎えに参るの書状を示し証明した。即ち帰り来たりて云く、今日日没以前に、僧兵三十人ばかりを同道し、京の御所においでになりました。早く帰らるべしと。仍って長官使い並びに武士等、八條宮に参り、先ずこの由を申しました。
(中略)
この状を聞き、事の次第を宗盛・時忠等の卿に示した。その後重ねて沙汰の趣を聞かない。大略武士の下品なこと、言い足らざる事か。凡そ昨日の朝、彼の宮が行方をくらましたの由を聞く、福原の清盛に伝わった。その使い今日帰京すべし。その後毎事沙汰有るべしと。
(中略)
武者云く、諸国に散在するの源氏の血筋等は、殆ど高倉宮の味方となる。また近江の国(滋賀県)の武士達は、同じく以てこれに味方するようだ。凡そこの間、世間の噂話しは色々で真偽は知り難い。

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