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2006年4月30日 (日)

11月22日「関東より以仁王の令旨と称し清盛誅伐を令す」

11月22日 天陰雨下る
「関東より以仁王の令旨と称し清盛誅伐を令す」
伝聞、関東より、一院の第三親王(伐害された宮の以仁王である)と称して、清盛法師を誅伐すべしの命令あり。東海・東山・北陸道等の武士、味方すべきの由、彼の国々に付与したようだ。また三井寺(園城寺)衆徒(僧兵)にも与えたようだ。その書状は、前の伊豆の守源仲綱が献上したようだ。これ等の事はいつわり事と疑うか。

11月22日 [吉記]
「近江の国日吉社延暦寺領に賊徒防御を命ず」
検非違使の長官が伝言した、仰せ云う、帰都は猶一定である。兼ねて又日吉社並びに延暦寺の領地は近江の国に充満す。仰せの件を庄々は、早く反乱軍を相防ぐべし。又辺境の民の中で凶悪の心を抱き人道にそむく者に同ずるものは、それぞれ討伐すべしの由、命令すべしの旨、山(比叡山延暦寺)の座主(明雲)に命令すべし、
「美濃源氏近江の国に討ち入るとの風聞あり」
風聞の説では、美濃の国(岐阜県南部)に居住の源氏等が、近江の国(滋賀県)に討ち入ると、或るいは又近江の国住人(武士)等合戦の間、口やかましいさまの由と。

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