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2006年3月14日 (火)

2.4 慈円等の証言

2.4 慈円等の証言Img_4619

検察官 「証人 慈円(「愚管抄」作者)に質問します。木曽義仲軍の乱暴狼藉は事実ですか。」

証人(慈円)「木曽義仲軍の乱暴狼藉は事実ではない。愚管抄にも記述したように、多分、
    平家軍が京都から退却する時、六波羅の屋敷に放火したが、その時、京都中のもの
    とりが集まって乱入し、ものとりした事とか、法皇と公家の大部分が比叡山に退避
    して、京都の権力、警備が手薄になった時、お互いについぶく(略奪)をしたこと
    が、木曽義仲軍のしわざにされたようです。かっての養和の大飢饉の時、四万人の
    餓死者が出たとされる大都市です。この大都市に五万の軍勢が入いれば、多少のひ
    しめき合いはあります。何も事件が無いというのがおかしい。木曽義仲軍の入京前
    の混乱や法住寺合戦の混乱に比べれば    木曽義仲軍の入京後の若干のごたごたなど
    記述するほどの事件でもない。」

検察官 「証人 藤原経房(「吉記」作者)に質問します。木曽義仲軍の乱暴狼藉は事実
    ですか。」

証人(藤原経房)「木曽義仲軍の乱暴狼藉は事実ではないと思います。木曽義仲軍が入京
    する前々日、山僧等による追捕物取りがありました。眼前に天下の滅亡を見る思い
    がしました。慈円の証言とほぼ一致します。」

弁護人 「証人(藤原経房)の家は無事でしたか。」

証人(藤原経房)「我が家は幸運にも無事でした。平家関係者や手薄の家が特に狙われた
    ようです。」

検察官 「木曽義仲軍が入京後、乱暴狼藉はありましたか。」

証人(藤原経房)「はい、寺社、公卿の家にまで、追捕物取りがあったようです。直ちに
    、法皇の命令で木曽義仲軍に乱暴狼藉を鎮めるように伝えました。」

検察官 「被告人(義仲軍残党)木曽義仲は配下の軍に市内の乱暴狼藉を取り締まる
    ように命令しましたか。」

被告(義仲軍残党)「もちろんです。全軍に対し、それぞれ持ち場を分担し、取り締まり
    を実施したが、各軍の大将は軍事貴族ですから、各自の名誉をかけて努力したはず
    です。平家軍の残党、僧兵、野盗、市民が入り乱れてものとり、放火を行い、事件
    は多発し、我が軍兵は地理不案内で追いかけても逃げられることが多かった。制圧
    には時間を要したことは事実です。」

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