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2006年3月 2日 (木)

13.2.5 法住寺合戦後

13.2.5 法住寺合戦後

1184年 (壽永2年)11月19日 
「義仲はこれ天の不徳の君を誡むる使い」
「天下乱逆のうち未だ今度の如きは無し」
凡そ漢家本朝天下の乱逆、其の数有りと雖も、未だ今度の如き乱有らず。義仲はこれ天の不徳の君を誡むる使いなり。
11月21日 
「義仲もし善政を行はば、余其の仁に当たる」。
「義仲の政に預からざる旨を仏神に祈謝す」
余密々に祈請(きせい、願かけ)して云う、今度「義仲もし善政を行はば、余其の仁に当たる」。此の事極まり無き不詳(不吉、不運)なり。よって今度の事、其の中に入るべからず。義仲に順ふべからざる由、聊(いささ)か仏神に謝したり。言ふ莫れ言ふ莫れ。

(現代文)
11月19日 
「義仲はこれ天の不徳の君を誡むる使い」
「天下乱逆のうち未だ今度の如きは無し」
およそ中国や日本国で天下の乱逆は、沢山あるが、このような乱は無かった。義仲は不徳の法皇をいましめるための神の使いである。
11月21日 
「義仲もし善政を行はば、余其の仁に当たる」。
「義仲の政に預からざる旨を仏神に祈謝す」
私は密かに願かけしていた。今度義仲が善政を行うなら私も一役買うと。この事極めて不吉であった。よって今度義仲の仲間に入らず、義仲に従う必要が無いことを神様仏様に感謝した。言うべからず。言うべからず。
(解説)
法住寺合戦の後、義仲は法皇の不徳を誡める使いとか義仲が善政をしようとすれば、助力しようと思ったがすぐ撤回している。次兄の基房がしゃしゃり出てきたからである。

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