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2006年2月23日 (木)

12.3 「源平盛衰記」「猫間中納言」

12.3 「源平盛衰記」「猫間中納言」Img_4344

猫間中納言光隆卿宣ふべき事あて木曾が許へおはして、先雑色して角と云入られたり。木曾が郎等に根井と云者、聞継て主に語ければ、木曾意えずとて、なまり音にて、何猫のきた、猫とは何ぞ、鼠とる猫歟、旅なればとらすべき鼠もなし、猫は何の料に義仲が許へは来るべき、但し人を猫と云事もや有と云ければ、根井もげに心得ずと思て、立帰て雑色に問様は、そもそも猫殿とは鼠取る猫か、人を猫殿と申かと、御料に意得ずと嗔給也といへば、雑色あな頑やをしへんと思て、七条坊城壬生辺をば、北猫間、南猫間と申。是は北猫間に御座(おはしま)す程に、在所に付て猫間殿と申也。譬へば信濃国(しなののくに)木曾と云所におはすれば木曾殿(きそどの)と申様に、是も猫間に御座(おはしませ)ば猫間殿と申也と細々に教ければ、根井意得て此様を申。木曾も其時意得て奉(レ)入(有見参しけり。暫く物語(ものがたり)し給(たまひ)て、木曾根井を招て、や給へなんてまれ饗申せと云。中納言浅猿(あさまし)と思ひて、只今(ただいま)有るべからず宣(のたまふことあるべからざり)けれ共、いかが食時におはしたるに物めさでは有べき、食べき折に不(レ)食は、粮なき者と成也、とく急げ/\と云。何も生しき物をば無塩と云ぞと心得(こころえ)て、無塩の平茸もありつな、帰給はぬさきに早めよ/\と云ければ、中納言は懸由なき所へ来て恥がましや、今更帰らんも流石(さすが)也と思て、宣べき事もはか/゛\しく不(レ)被(レ)仰、興醒て竪唾を呑て御座(おはしまし)けるに、いつしか田舎合子の、大に尻高く底深に生塗なるが所々剥たるに、毛立したる飯の、黒く籾交なりけるを堆盛上て、御菜三種に平茸の汁一つ、折敷に居て根井持来て中納言の前にさし居たり。大方とかく云計なし。木曾が前にも同く備たり。木曾は箸とり食けれ共、中納言は青興醒てめさず。木曾是を見て、如何に猫殿は不(レ)饗ぞ、合子を簡給歟、あれは義仲(よしなか)が随分の精進合子、あだにも人にたばず、無塩の平茸は京都にはきと無物也、猫殿只掻給へ/\と勧めたり。いとゞ穢く思ひ給けれ共、物も覚えぬ田舎人、不(レ)食してあしき事もぞ在と被(レ)思ければ、めす体に翫て中底に突散し給へり。木曾は散飯の外には何も残さず食畢。戯呼猫殿は少食にておはしけり、去にても適座したるに、今少掻給へかし/\と申。其後根井、猫間殿の下を取て中納言の雑色に給。雑色因幡志腹を立て、我君昔より懸る浅猿(あさまし)き物進ずとて、厩の角へ合子ながら抛捨たり。木曾が舎人是を見て、穴浅増(あさまし)や、京の者は、などや上﨟も下﨟も物は覚えぬ、あれは殿の大事の合子精進をやとて取てけり。
(現代文)Img_4347
猫間中納言光隆卿言うべき事ありて木曾の許へおいでになり、先ず家来をしてかようにと言い入りました。木曾の家来に根井と言う者が聞き継ぎて主人に語りましたが、木曾は意をえずとして、なまりのある声音にて、「何猫が来た、猫とは何ぞ、鼠をとる猫か、旅なれば与えるべき鼠もなし、猫は何の思惑で義仲の許へ来たのか、但し人を猫と云事も有るか」と云ければ、根井もげに心得ずと思いて、立ち帰りて家来に問うには、そもそも猫殿とは鼠を取る猫か、人を猫殿と申すかと、御主人に意を得ないと叱られました」と言うと、家来はいやいや融通ががきかない。教えようと思い、七条の坊城の壬生辺を、北猫間、南猫間と申します。こちらは北猫間にお住まいなので、在所に付て猫間殿と申します。例えば信濃国の木曾と云う所にお住まいならば木曾殿と申す様に、こちらも猫間にお住まいなので猫間殿と申しますと細々と教えたので、根井は心得てこのように申しました。木曾も其時心得ましたので、対面に入りました。暫くものがたりして、木曾は根井を招いて、「やや差し上げよう、たまにはおもてなし申せ」と云う。中納言は意外に思い、「ただいまは食事は有るべきではありません。」と言いましたが、「どうして、食事時においでなのに何も食べないのは良くありません、食るべき時に食べないのは、活力のない者となります。早く急げ早く急げ」と云いました。何でも新鮮な物を無塩と云うと心得えて、「無塩の平茸もあり、お帰りにならぬ先に早くしなさい、早くせよ」と云いましたので、中納言はこのようなてだてのない所へ来てはずかしい、今更帰るのもそうはいってもやはりと思い、言うべき事もなかなか言えず、興が醒めて固唾を飲んでおいででした。いつしか田舎風の蓋付きのお椀の、大きく尻が高く底が深く生塗が所々剥たるものに、毛立したる飯の、黒く籾が交るものを山盛りに上げて、おかず三種に平茸の汁一つ、折敷に据えて根井が持ち来たりて中納言の前にさし据えました。大方とやかく云う考えはなし。木曾が前にも同じく準備しました。木曾は箸をとり食べましたが、中納言は青ざめて食べません。木曾は是を見て、「どうして猫殿は食べないのですか、蓋付きのお椀を嫌われましたか、あれは義仲が大切にしている仏事用の蓋付きのお椀です。滅多に他人に与えません、無塩の平茸は京都には多分無い物です。猫殿何も無くかき込みなさい」と勧めました。ますますけがらわしく思いましたが、物知らずの田舎人だ、食べないでは悪い事もあるかと思いまして、食べる様に真似て中くらいに突きさしました。木曾は散飯(お供え用)の他には何も残さず食べ終わりました。「やあ猫殿は少食で御座います。それにしてもたまたまおいでなのに、もう少しかき込みなさい」と申しました。其の後根井が、猫間殿の残り物を取て中納言の家来に与えました。家来の因幡志は腹を立て、我君は昔よりこのようなあさましい物は召し上がらずというて、馬小屋の角へお椀と共に放り捨てました。木曾の従者は是を見て、いやあきれたものだ、京の者は、どうしてか身分が上も下も物事をわきまえ知らぬ、あれは殿の大切な仏事用のお椀をとて取上げました。
(解説)Img_4351
義仲の家来が京都の人は上も下も贅沢だと嘆く話しである。当時京都は大飢饉で死者が何万人も出たそうである

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