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2006年2月13日 (月)

9.4 義経が検非違使でも放火強盗事件が多発

9.4 義経が検非違使でも放火強盗事件が多発Img_5339_1

 翌年、範頼軍が中国地方で苦戦し、義経が検非違使(警察官兼裁判官)として京都にいるころ、放火強盗事件が多発する。とにかくこの時代は全国的な内乱状態で、ほぼ全員が武器を持ち、いつ強盗に変身しても不思議ではない。
 兼実は取り締まりを申し込むがその時の文書は義仲軍が乱暴狼藉したと勘違いした記述と類似している。(元歴元年12月7日参照) 贔屓の頼朝の関係者への上申書であるから、かなり穏やかに書いてあるが、京都内外の治安が悪いと嘆いている。中身は義仲在京中の8月から9月に記述したものと良く似ている。
 義仲には反感を抱いているからかなり厳しい表現である。比較的治安が良いと思われていた義経在京中も、義仲在京中もあまり違いが無いのか。義仲在京中治安が悪いと嘆いたのもこの程度か。しかし、義経軍も平家追討の準備に忙しく、翌月には群盗事件が発生した。

参考資料 a 「院御所放火近辺に強盗入るも沙汰なし」
「玉葉」元歴元年12月7日
近日群盗の恐れ連日絶えず、去る比院の御所に放火の事有り、(即ち打ち消したり)又近辺一二町村の中、強盗入り数人を害す。しかれども敢えて其の沙汰なしと。よつて泰経卿に付き上疏を奉ぐ、(中略)
(現代文)
近ごろ集団強盗の恐れが連日絶えない。去る日など法皇の御所に放火事件が有った。(直ぐに打ち消した)又近隣周辺の一二町村の中では、強盗が入り数人に傷害を加えた。しかし、それについて何の処置も無い。そこで大蔵卿の泰経様にお願いを申し上げた。

1185年 (元暦2年)1月9日 壬辰 陰晴不定 [玉葉]
「光輔宅に群盗乱入す」
今日隆職来る。前に召し雑事を仰す。去夜、大内記光輔の家、群盗乱入す。父長光入道同居、同じくこの災いに遭う。所望により綿衣一領、小袖一領これを遣る。
(現代文)
今日隆職が来た。前に呼び寄せ色々な事を命じた。去夜、大内記の光輔の家に、群盗が乱入した。父の長光入道と同居しており、同じくこの災難に遭った。所望により綿いれ一枚、小袖一枚をこれに与えた。
(解説)
義経が検非違使(警察官兼裁判官)として勤務していたが、平家追討の準備に追われていたようだ。

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