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2006年2月26日 (日)

13.2 玉葉の記述11月

13.2 玉葉の記述1184年 (壽永2年)

13.2.1 法住寺合戦以前

11月7日 天気陰、晩に及び雨下る、
「義仲を院中警護の人数に入る」
伝聞、義仲征伐せらるべき由により、殊に用心し欝念の余り、此の如く承り及ぶ由、院に申さしむと。よって院中警護の武士中に入れられ申したりと。行家以下、皆悉く其の宿直を勤仕す。しかるに義仲一人其の人数に漏るる由、殊に奇を成すの上、又中言の者有るか。行家明夕必定下向と。頼朝代官今日江州に着くと。其の勢僅か56百騎と。忽ち合戦の儀を存せず。只物を院に供せんための使いと。次官中原親能(広季の子)並びに頼朝弟(九郎)、等上洛すと。

11月16日 (法住寺合戦3日前)陰晴れ不定、今暁地震、
「地震」
「定能室平産す」
「法皇法住寺南殿に臨幸あり」
今日院南殿に臨幸すべし。御用心の体、日来において万倍す。今日の出仕指しあうか。よって不参。
「所々にこうを堀、釘抜きを構う」
今夕所々に?(こう、からぼり)を堀り、釘抜きを構え、別段の沙汰と。此の事天狗の所為か。偏に禍を招かるるなり。左右能わず、左右する能わずと。

(現代文)
13.2.1 11月7日 天気陰、晩に及び雨下る、
「義仲を院中警護の人数に入る」
伝聞、義仲を征伐されるべき理由により、特に用心して欝念の余り、此のように承り及ぶ理由を、法皇に申しあげたようだ。よって院中の警護の武士の中に入れるように申し上げたようだ。行家以下、皆悉く其の宿直を勤仕する。しかるに義仲一人其の人数から漏れる理由は、特に奇異を成すの上、又告げ口する者が有るのか。行家は明夕に必ず下向と決定したようだ。頼朝の代官義経が今日近江に着いたようだ。其の軍勢は僅か56百騎のようだ。忽ち合戦する意思は無いようだ。只進物を法皇に差し上げるための使いであるようだ。法皇の役所の次官で中原親能(広季の子)と頼朝弟(九郎)、等が上洛したようだ。

11月16日 (法住寺合戦3日前)陰晴れ不定、今暁地震、
「地震」
「定能室平産す」
「法皇法住寺南殿に臨幸あり」
今日、法皇は南殿においでになるべし。御用心の様子は、日来において万倍している。今日の出仕は非難しあうかもしれない。よって参らず。
「所々にこうを堀、釘抜きを構う」
今夕所々にからぼりを堀り、釘抜きを構え、特別の処置であるようだ。此の事は天狗のなせる事のようだ。ひたすらに禍を招かれる事である。とやかく言うことは出来ない、左右する能わずと。
(解説)
義仲を排除しようとして、この時期はかなり露骨に画策しているのがわかる。

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