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2006年2月16日 (木)

10.「食料の調達方法」10.1 寄付・・・反乱軍の食料の調達

10.「食料の調達方法」

10.1 寄付・・・反乱軍の食料の調達Img_5342_1

 木曽義仲軍は最初は朝廷から見れば反乱軍として出発する。食料の調達はどうするか。当時の土地の支配は国有地と荘園という貴族や神社仏寺の私有地があった。まず官庁や政府軍の食料を略奪するか、神社仏寺または地方の豪族に寄付を請うしかない。また配下となった武士豪族から食料は入手出来る。信濃、北陸地方は食料調達は容易であったようである。源平盛衰記でも、延暦寺と対峙したとき、百斉寺から米五百石をいただくと記述する。 
 まず出発するとき、何日分の米が持参出来るか。現在の軍隊のような食料補給部隊は無い。本人持参が原則である。不足したらどうするか。寄付に頼るか、追捕(略奪)しか無
い。当時は大軍の遠征の兵糧米は数ヶ月分持参し、不足分は略奪方式が普通であり、不可能となつたら、やむをえず停戦し本国へ帰還した。
 兵士は1日米何合必要とするか。通常米1石が一人1年分と計算したようであるが、これは1日3合弱となり、宮沢賢治が詩で読んでいるように1日4合の玄米を食すとすれば、1.5石必要である。若い兵士なら1日5合以上必要である。つまり10日で5升。30日で1.5斗、2ヶ月で3斗必要である。昔は米俵を使用した。米俵1表には約4斗が入り、約60Kgとなり、通常の大人なら軽々と担いだようである。米俵1俵で一人約2.3ヶ月持つことになる。米以外の食糧その他も荷物となる。これを牛か馬で運ぶことになる。一人一頭は必要かもしれない。五万騎の軍勢ということは、全員が騎乗するかは不明だが五人と五万頭の馬ということになる。実際に武器を手にして戦う戦闘員以外に馬の世話をしたり、食糧の調達をする非戦闘要員が必要である。さらに現在の工兵隊の働きをする人夫も必要である。
 義仲軍も4月に信濃を出発してから当然最初の米は無くなっているから、どこかで寄付を受けたり、強制調達して進軍したと思われる。義仲直轄軍は入京前に百斉寺から寄付を受け、北陸からも少しは補給があったかもしれない。しかし各地から乱入して義仲軍に合流した数倍以上の軍勢の分には不足したはずである。
 京都に入る前、比叡山延暦寺で法皇、公家と会見した時、兵粮米の調達について追捕を認める旨の指示があつたと思われる。兼実は義仲軍は追捕をしていると非難しているが、法皇以下他の公家は何ら非難せず、やむなしと黙認している。多分慈円も。

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