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2006年1月23日 (月)

6.3 「武士押妨停止の宣旨」

6.3 「武士押妨停止の宣旨」

「玉葉」寿永三年2月23日 「武士押妨停止の宣旨」
 応(まさ)に散位源朝臣頼朝をして、且つは子細を捜し尋ね言上を経て、且つは武勇の輩の神社・仏寺、並びに院宮諸司及び人領等を押妨すること、停止に従わせしむべき事
右近年以降、武勇の輩皇憲(天皇が定めた法令)を憚らず、恣に私威を輝かし、自由を成す。文を下し諸国七道に廻らす。或いは神社の神供を押し黷(けが)し、或いは仏寺の仏物を奪い取る。況や院宮諸司及び人領をや。天の譴(けん、せめ)遂に露れ、民の憂い定まること無し。前事の云存、後輩慎むべし。左中弁藤原朝臣光雅宣を伝え、左大臣宣す、勅を奉る。自今以後、永く停止に従い、敢えて更に然ること莫れ。但し由緒有るに於いては、彼の頼朝子細を相訪らひ、官に言上し、もし制旨に遵(じゅん、したがう)ぜず、猶違犯せしめば、専ら罪科に処し、曽って寛宥(罪科をゆるす)せずといえり。
     寿永三年二月十九日      左大史小槻宿祢
    左弁官下
        五幾内諸国七道諸国に下すこれに同じ
(注釈)
五幾内・・・大和・山城・河内・和泉・摂津
七道・・・東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道

(現代文)
まさしく源の頼朝の威力による命令により、詳細を調査し意見を申し上げる方法で、武士達の神社・仏寺、並びに院宮諸司及び人領等を横領することを停止させるべし事。
 右近年以降、武士達が天皇の定めた法令を無視し、みだりに武士達がその武力をひけらかし、自由勝手に行動している。命令文書を下し諸国に回覧する。神社の神物を横領し、仏寺の仏物を略奪する。まして法皇などの領地、宮家の領地、多くの役所の領地及び所領なども。遂に天のとがめが露れ、人民の愁いはとどまることを知らない状態である。前に述べた所業は、以後、武士達は慎むべきである。左中弁の藤原朝臣光雅が天皇のことばを伝え、左大臣が宣言する。天皇のことばをいただき、これから以後、永久停止に従い、敢えて更に従来通りではならない。但し理由が有るに場合には、彼の頼朝と詳細を相談し、朝廷に申し上げるべし。もし誡めに従がわず、なお違反する場合は処罰し、罪科をゆるさない。
(解説)
従来の年貢以上に兵粮米(将兵の食糧、武具、道具)の調達と称して、武士達があちこちで所構わず、自由に取り立てを行うのを停止せよと命令している。必要な場合は頼朝を通じて申請せよと。
 頼朝軍はそれ以後路次追捕を完全に停止したかというと、そうはいかず兵粮米不足に悩み追捕を続けたようである。(参照6.6「吾妻鏡」1185年(元暦2年)1月6日)

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