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2006年1月17日 (火)

5.3 「火事場泥棒」と「落武者狩か」

5.3 「火事場泥棒」と「落武者狩か」

 最近ではイラクの首都バグダッドに米軍が進攻し、フセイン軍が撤退した時や、被災地の治安が悪化した時など、一般市民が何をしたか。略奪に走る市民を見て、人間の心理行動はは時代や民族の違いに関係無く共通だと思う。
 [吉記]7月26日(義仲入京前)によれば、「山僧等京に下る。路次の狼藉勝げて計ふべからず。或いは降将の縁辺と称し放火し、或いは追捕・物取と号す。人家一宇全うする所無し。眼前に天下の滅亡を見る。ああ悲しきかな。余の亭は此のわざわいを免れる。ひとえに仏神の冥助なり」となっており、平家関係者は特に狙われたようである。吉記の著者は法皇の院庁の官吏であり、在宅していたので難を免れたようである。山僧も加わり物取追捕したようである。
 「平家物語」は琵琶法師による庶民への語り物として広まったようである。そこで慈円の記述するような平家が都落ちするとき、京中の物とりが集まって物とりした(火事場泥棒)とか、京中の一般民衆が互いについぶく(略奪)をした、平家軍から略奪した(落武者狩)などの混乱の真実を語れるはずが無い。最初の原作者は真実を忠実に記述したかもしれないが、次第に琵琶法師や編集者が、聴衆たる民衆に受けるように、さらに権力者たる朝廷や頼朝から迫害を受けないように変形編集したと思われる。
 平家物語の作者は僧も加わっているからやはり仲間の悪口は書けない。死人に口無し。義仲のせいにしておこう。とんだ濡れ衣を着せられたものである。庶民に媚び、権威に逆らえず、真実を語れない「平家物語」の限界である。いつの時代でも同じだが、事実のそのままの記述では受けない、売れない、没収される、処罰されるかもしれない。

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