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2006年1月25日 (水)

6.5「兵粮米(段別五升)を課す」

6.5「兵粮米(段別五升)を課す」

1185年 (元暦2年、8月14日改元 文治元年 乙巳)
11月28日 「吾妻鏡」丁未
 諸国平均に守護地頭を補任し、権門勢家の庄公を論ぜず、兵粮米(段別五升)を宛て課すべきの由、今夜北條殿籐中納言経房卿に謁し申すと。

[玉葉]
 伝聞、頼朝代官北條丸、今夜経房に謁すべしと。定めて重事等を示すか。又聞く、件の北條丸以下郎従等、相分ち五畿・山陰・山陽・南海・西海諸国を賜う。庄公を論ぜず、兵粮(段別五舛)を宛て催すべし。啻に兵粮の催しに非ず。惣て以て田地を知行すべしと。凡そ言語の及ぶ所に非ず。
(現代文)
「吾妻鏡」
 諸国へ平均に守護及び地頭を配置し、京都の公家の私有地、国有地を区別せず、軍用米(一反あたり五升)を割り当て徴集すべきとの事、今夜北條時政殿が中納言の籐原経房卿に会見し申し伝えたと。
[玉葉]
 伝え聞きによると、頼朝の代官で北條時政殿が、今夜経房に会見したいと。定めて重要
な事等を示すのか。又聞く、件の北條時政以下の家来等に、五畿・山陰・山陽・南海・西海の諸国をそれぞれ分けて与える。私有地、国有地を区別せず、軍用米(一反あたり五升)を割り当て徴集するようだ。単に軍用米の徴集のみではない。全ての田畑地を管理するようだ。全く何とも言う言葉が無い。
(解説)
 平家は滅亡したが、奥州の藤原氏はまだ残っている。その征伐の準備のためか。守護及び地頭を配置し全国支配の布石が始まった。当時の一反当たりの収穫量は一石だったので5パーセントの税率の軍事費の増税となる。
 平家軍がかってに作った兵粮米(軍事費)の徴収は悪法と非難し、一旦停止の宣言をしてみたが、やはり兵粮米(軍事費)は必要とまた変更した。

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